呉市日本遺産 荒波を越えた男たちの夢が紡いだ異空間~北前船寄港地・船主集落~
掲載日:2024年03月18日
呉市は、平成29年4月に日本海沿岸の7道県11市町で日本遺産認定を受けた「北前船寄港地・船主集落」の新たな構成自治体として全国27自治体とともに、平成30年5月24日、文化庁から日本遺産の追加認定を受けました。
北前船寄港地・船主集落の日本遺産ストーリー
呉市豊町御手洗伝統的建造物群保存地区
御手洗の町並みの特徴は,江戸時代中頃から幕末にかけて形成されていった町の形態や構造がよく残っており,近世から近代にかけての伝統的建造物とともに高燈籠や雁木等の歴史的港湾関係遺構も保存され,近世における西廻り航路の発展に伴う瀬戸内の潮待ち・風待ちの港町としての歴史的風致をよく残しています。
平成6年7月4日に国の重要伝統的建造物群保存地区に選定されています。
若胡子屋跡(広島県史跡)
若胡子屋跡は、享保9(1724)年、広島藩からお茶屋の免許を受けており、建築年代もその頃と推察されます。
別棟の奥座敷は、当時の面影をよくとどめ、天井,障子の腰板、雨戸には屋久杉が使われるなど、贅沢な造りとなっています。
また、御手洗には若胡子屋のほかに堺屋、藤屋、海老屋というお茶屋の名が記録にありますが、現存している建物は若胡子屋だけです。
住吉神社(広島県重要文化財)
住吉神社は、「千砂子波止」の築造を受けて、文政13(1830)年に建立されました。
住吉神社の創建の経緯については、広島藩勘定奉行の筒井極人が広島藩御用達である大阪の豪商鴻池へ社寺寄進の話を持ちかけたところ、当主善右衛門が厄年にあたっていたためそれに応じてくれたという逸話が残されています。
本殿は、堺の住吉大社を正確に2分の1に写し、大阪で造らせてここで組み立てたとされています。
また、境内地には、北前船の船主や各地の問屋連中などから寄進された玉垣が見られます。
恵美須神社(広島県重要文化財)
現在の本殿は享保8(1723)年に建立された一間社流造屋根檜皮葺の小社であり、向唐破風の向拝付の拝殿は、明和元年(1764)に再建されたものです。
神社の正面には、大雁木があり、周辺には北前船が陸揚げした物資の倉庫が立ち並ぶ町一番の豪華な場所でありました。
また、北前船を迎えられるように海に向いて造られた鳥居や北前船の廻船問屋が寄進した燈籠が見られます。
千砂子波止と高燈籠
「西国無双之湊」としての地位は、19世紀以降危うくなり、廻船誘致のためより一層の港湾整備が必要とされ、広島藩が御手洗の港の拡張を図るため築造した全長65m(120m)の大波止。
住吉神社の参道前の「高燈籠」は当地の庄屋金子忠左衛門が寄進したもので、当初は千砂子波止の突端にあり、木製でしたが、暴風雨に遭って破損したため、天保3(1832)年に石造りに建て替えられ、明治12(1879)年頃まで北前船などの航行の安全のための常夜灯として灯し続けられました。
お問い合わせ先
御手洗休憩所:0823-67-2278